音羽家 本文へジャンプ
おとわやとは?
「音羽家の略歴」

音羽家の起りは先々代の加藤喜一氏により「音羽家」と名のり押絵羽子板作りを
始めました。
先代、加藤勝敏により戦前より羽子板市に出店し、戦後も女物より男物を得意とし、
羽子板市でも問屋筋にも知られる存在となりました。
仕事の合間にも弟子を取り、数名の職人を育成しました。
先代が亡くなり、小生が音羽家を継ぐこととなり、夫婦で先代の意志継承の為、
歌舞伎狂言を主体とし美人画・創作物の押絵羽子板を女性唯一の面相師加藤真弓の
協力を得て、毎年新作に取り組んでいます。

「音羽家」の屋号について
「音羽家」の屋号は先々代が歌舞伎界の「尾上家」に伺い尾上家の演目を主に制作
するとの約束でいただいたそうですが、尾上家の演目では限定されますので、
後は「屋」を「家」に改めることで了解を得、歌舞伎全般の演目を制作する様に
なりました。

加藤健吉
長い間、押絵羽子板作りをやってきて今更ながら「押絵」の奥深さをしみじみ感じています。
「羽子板」という変形の中に躍動感、情緒性をいかに表現するか、買っていただいたお客様への無病息災等を日頃より、お祈りし、羽子板を買って良かったという押絵羽子板を作っていきたいと思っております。

加藤真弓
デザインを学びデザイナーとして活躍していました。
縁あって押絵師、加藤勝山に嫁ぎ、その後羽子板の面相の修行をし面相絵師として伝統の世界で生きていましたが、将来に危機感を持ち、またデザイナーであった血が騒ぎ二人でもっている技術を生かした新しい発想のものを作り始めました。
お祝いにも、自宅やプレゼントにもなることをモットーとして製作しております。